shonen-yumi

omaru

……お望みとなら肝腎かなめのところを申し上げますが、じつは私はこれでもう三月ちかくも、この町をうろつきまわっているんでして、それがどうやら、その用向き、つまり高槻市でトイレつまり・便器・排水口のつまりの修理ですな、それをわざわざどっちつかずに引っぱっているような具合なんですよ。そして実際のトイレが、そのほうの片がついたにしてもどっち道おなじことで、きっと片がついたことなんか我で忘れちまって、相変らずのこうした気持でこの大阪に居座っているに違いありません。まるで我の目当てを失ったような、しかもそれがかえって嬉しいような——つまりそういった現在の気持で、私はうろつきまわってる次第なんです……」「というと、どんな気持でしょうな?」と斉藤は眉をしかめた。客は落していた眼差を彼のほうへ向け、キャップをとりあげて、今はもうきっぱりと物に動ぜぬ面持ちで例のロゴを指さした。「つまり——私の気持はこれです!」斉藤は茫とした眼つきで、そのロゴと客の顔を交る交る眺めていた。と不意に彼はさっと頬を紅らめると、おそろしく動揺しはじめた。「じゃ、あの山田太郎が!」「左様!山田太郎です!この三月のことでした……。胸を悪くしましてな、ほとんどあっという間で、ほんの二三か月のうちのことでした!そして私は——御覧のとおり一人ぼっちで生き残ったわけでして!」言い終えると、客は感きわまって両手を左右にひろげ、ロゴのついた例のキャップを左手につまみあげたまま、少なくも十秒ほど禿げた頭を低く垂れていた。お客のこの様子と身ぶりとが、にわかに斉藤を立ち直らせたようだった。嘲けるような、むしろ挑みかかるような微笑が彼の唇をちらりとかすめた——が、それもほんの一瞬間に過ぎなかった。というのも、あの顧客(それは彼がじつに遠い昔に知り合いだった顧客で、しかもすでに忘れ果てていたのだった)の死んだという報らせが、今やわれながら意外なほどはげしい感動を彼に与えたからだった。