便器修理

とすれば、その私が、ひょっとして道路で知合いの人に出逢った時、たといそれが心からの友達だったにしたところで、やっぱりそうした瞬間——つまり便器修理の状態でいる瞬間に、そのお客に近づきたくないばかりに、わざと避けるようにするのは、こりゃあまず水漏れの成行きじゃありませんか。ところがまた別の瞬間には——過去のことがいちいちはっきり思い出されてきて、そのつい昨日のことのように思われながら、しかも今に返す由もない過去の生活の目撃者であり関係者である誰かに会いたくて堪らなくなり、そのためもう胸がどきどきして抑えきれず、それが日中ならまだしも、夜陰をおかしてまで親しい友達のところへ駈けつける、そしてそのためお客をわざわざ夜中の三時過ぎに叩きおこすような羽目になる、といった気持になることもあるのです。なるほど私は時刻については思い違いをしていましたが、友情については果して思っていたとおりだったのです。だって今このとおり過分なほどのおもてなしを受けていますものね。時刻のことはまったく一言もありませんが、実もって正直のところ、まだ十二時前とばかり思っていたのです。なにせ、こうした気分でいるものですからね。まあ己れの悲哀の杯をのみながら、ついそれに酔い痴れたといった具合です。